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ε-δ論法 — 「近づく」を数式で言い切る

高校数学コース第11章では、極限を「xxaa にじわじわ近づけると f(x)f(x) が向かう先」として指で確かめました。 あの直感は正しいものの、大学の解析学では立ち止まって考え直します。「じわじわ近づく」とは、正確には何でしょうか。

その答えが ε-δ(イプシロン・デルタ)論法です。多くの大学1年生が最初に転ぶ場所ですが、 正体は数式ではなくゲームのルールです。まずゲームとして遊んでみましょう。

触ってみる — 攻めの ε\varepsilon、守りの δ\delta

ルールはこうです。f(x)=x2f(x) = x^2x1x \to 111 に収束する、とあなたが主張しているとします。

  1. 相手(攻め) が誤差の許容幅 ε\varepsilon を突きつけてくる:「f(x)f(x)1±ε1 \pm \varepsilon に収めてみろ」(橙の帯)
  2. あなた(守り) は幅 δ\delta を選んで応じる:「xx1±δ1 \pm \delta に絞れば、収まる」(青の帯)
  3. 青い帯の中の曲線が橙の帯からはみ出したら(赤)、あなたの負け

ε\varepsilon を小さくされても、そのたび δ\delta を選び直して守り切れるでしょうか。両方のスライダーで攻防を体感してください。

✗ はみ出しています(赤い部分が反例)— δを狭めてください

ε\varepsilon を厳しくするほど δ\delta を狭めないと守れないこと、でもどんなに厳しい ε\varepsilon でも守れる δ\delta が必ず見つかることが分かるはずです。

種明かし — 定義はゲームの記録にすぎない

いま遊んだゲームを1行に書き下ろすと、教科書の定義そのものになります:

ε>0, δ>0, x (0<xa<δf(x)L<ε)\forall \varepsilon > 0,\ \exists \delta > 0,\ \forall x\ \big(0 < |x - a| < \delta \Rightarrow |f(x) - L| < \varepsilon\big)
ゲームの言葉記号
どんな攻め ε\varepsilon に対しても(xx は定義域内の任意の点として動く)ε>0\forall \varepsilon > 0
守りの δ\delta が存在してδ>0\exists \delta > 0
xxa±δa \pm \delta に絞れば0<xa<δ0 < \lvert x-a\rvert < \delta
f(x)f(x)L±εL \pm \varepsilon に収まるf(x)L<ε\lvert f(x) - L\rvert < \varepsilon

「収束する」とは、この守りの戦略が存在するということ。 「じわじわ」「限りなく」といった時間のニュアンスは、実は一切いらなかったのです。

0<xa0 < |x - a| の条件(x=ax = a 自身は見ない)にも注目してください。極限は aa に近づく途中の 挙動だけで決まり、aa ちょうどでの値は一切使いません。この条件が効いているのは、f(a)f(a) が定義されて いるのに極限値と違う場合です。たとえば x0x \neq 0f(x)=0f(x) = 0x=0x = 0 でだけ f(0)=1f(0) = 1 という関数でも、 x=0x = 0 自身を見ない約束のおかげで limx0f(x)=0\lim_{x \to 0} f(x) = 0 と妥当に定義できます(この条件が無いと f(0)0<ε|f(0) - 0| < \varepsilon まで要求されてしまい、この極限は存在しないことになってしまいます)。 なお高校11章で見た「穴あき関数」(f(a)f(a) が存在しない)については、x\forall x の動く範囲がもともと ff の定義域なので、x=ax = a は初めから範囲外です。どちらの場合も「aa での値は極限に無関係」が 貫かれています。

試してみよう

  • ε=0.2\varepsilon = 0.2 のとき、ぎりぎりまで大きく取れる δ\delta はいくつか(答えは 1.210.095\sqrt{1.2} - 1 \approx 0.095x2x^2 は右側が先にはみ出すため)
  • 逆に「収束しない」とは何か、ゲームの言葉で言ってみてください(→ 相手のある ε\varepsilon に対して、どんな δ\delta でも赤が出ること。次のレッスンで実際に暴きます)

腕試し — 攻めの ε\varepsilon に、守りの δ\delta で応じる

今度は相手が3段階で ε\varepsilon を突きつけてきます(ε\varepsilon は固定)。あなたは δ\delta のスライダーだけで応じてください。 青い帯の中の曲線が橙の帯に収まれば「守れた」の合図で、青い帯が光ります。3つの ε\varepsilon すべてを守り切りましょう。

✗ 赤い部分がはみ出し(反例)— δ を狭めてください

ε\varepsilon が厳しくなるほど δ\delta を狭めないと守れませんが、どんな ε\varepsilon でも守りの δ\delta は必ず存在することを体で覚えてください。

理解チェック

δ=0.001\delta = 0.001 のような極端に小さい守りは「ずるい」のでは?

ずるくはありません。定義が要求するのは存在だけなので、小さすぎる守りも有効です。 ただし面白いのは攻めに応じたぎりぎりの守りを見つけること。次のレッスンのチャレンジでは「攻めた守り」だけが認められます。

ε\varepsilonδ\delta、先に決まるのはどっち?

必ず ε\varepsilon が先(相手の攻めが先)です。δ\delta は「その ε\varepsilon を見てから」選んでよく、 この順序(ε δ\forall \varepsilon\ \exists \delta)が逆になると全く別の(誤った)主張になります。量化子(\forall「すべての」・\exists「存在する」を表す記号)の順序がこの定義を決めています。

式で確かめる

動かして掴んだ感覚を、式と言葉で確かめます。間違えても、ヒントと解説で戻れます。

確認 1 / 3

ε\varepsilon-δ\deltaの定義で、ε\varepsilonδ\delta はどちらが先に決まりますか?

確認 2 / 3

f(x)=x2f(x)=x^2x1x\to1L=1L=1 とします。ε=0.2\varepsilon=0.2 のとき守り切れる最大の δ\delta はおよそいくつ?(1.21\sqrt{1.2} - 1 を小数で)

確認 3 / 3

定義にある条件 0<xa0 < |x-a|(x=ax=a 自身は見ない)が効いているのはどんな場合ですか?

この章の定義・定理・公式をまとめて確認する

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執筆: 中野竜之介 / 監修:

中野竜之介: 北海道大学大学院 数学専攻 博士課程・専門: 特殊関数論と代数幾何の交わり

数学レビュー協力: 藤田晃平・木村敏樹

最終更新: 2026-07-05

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